「心」と「体」と「お金」を育てる幸せ探しの旅、ゆっくりいきましょ。
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 今トイレで本を読んでいたら、いい文章に出会ったので、紹介します。

 「武者小路さん。気に入らないこと、しゃくに障ること、憤慨すべき
  ことは、塵芥のごとく、たくさんあります。それを清めることは、
  人間の力でできません。
  それと戦うよりも、それを許すことが人間として立派なものなら
  ば、できるだけそちらのほうの修養をお互いにしたいと思います
  が、どうでしょう。」

 (夏目漱石が武者小路実篤にあてた手紙より)


鳴かぬとも、許してあげようホトトギス
 ↓

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コメント
この記事へのコメント
難しいテーマですね。
「自分自身を許せないものは、
他人を許すことができない。」
これは、小説グレートギャッツビーのテーマだったかな…。

漱石自身は、けっこう
子供じみたところがあったようですね。
彼の元にいろんな弟子が集まって
わいわいとやっていたことは
有名ですが、
弟子になりたいとやってきた人が、
知人の紹介状をもっていないと、
がんとして受け入れなかったそうです。イチゲンさんお断り?

それはこっけいなほどそうだったようです。

この逸話は許しとは関係のないことですね。

さて、許しという観点から漱石の作品を読んでみると、やっぱり並大抵のことじゃ成し遂げられないことだという結論になるのでしょうね。
「こころ」という作品は、人を許し、自分を許すことが簡単にできたら、
成り立たない小説ですからね。


その手紙、漱石が実篤に書いたというのが、
どうも気にかかりますね。
なにか微妙な文脈がある気がします。

作品から判断して、
おそらく、漱石という人は
許すということに関して
最後の最後まで悩み続けたんでは
ないでしょうかね。
少なくとも、自分にはできるから、
実篤にも勧めているわけではない
と思います。

「どうでしょう」

は、どちらかというと、自分自身に
いって聞かせているような
気がします。
2007/08/09(木) 02:11 | URL | まるぺけ侍 #-[ 編集]
まるぺけさんコメントありがとう
ございます。
この手紙は「我輩は猫である」を書
いた後、翻訳か盗作ではないかと批
評されたことに対して書かれた手紙
のようです。
私は漱石さんの真意までは想像も
しませんでした。流石です。
2007/08/10(金) 00:07 | URL | 茶くれ #-[ 編集]
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